求道者の孤独
2009 / 11 / 03 ( Tue ) 2007年に放映され今春再放送されたNHKスペシャル『100年の難問はなぜ解けたのか〜天才数学者 失踪の謎〜』という番組がある。これは、100年ものあいだ数学上の大問題とされてきた「ポアンカレ予想」を証明したロシア人数学者と、この問題に取り組んだ数学者たちのさまざまな人生模様を描いたドキュメンタリーである。
ポアンカレ予想とは、1904年に数学者アンリ・ポアンカレによって提示された「単連結な三次元閉多様体は三次元球面と同相と言える」という命題である。 素人にはチンプンカンプンなこの命題について、番組では次のように要約していた。長い長いロープの先端をロケットにつけて、宇宙空間に向かって飛ばす。やがてロケットが宇宙を一回りして地球に戻ってくる。その戻ってきたロープを引っ張り、最終的にすべてのロープが手元に戻ってきた場合、宇宙はおおむね丸いといえるだろう。しかし、ロープがどこかにひっかかって、すべてを回収できない場合、宇宙には何か穴のようなものがあると言える。 今世紀に入ってから、世界中の数学者を悩ませてきたこの世紀の難問をあるロシア人の数学者が証明した。彼の名はグリゴリ・ペレリマン博士。さて、この功績に対して2006年、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞が授与されようとしたが、なんと彼はそれを辞退したのである。そればかりか、それ以降彼は数学界から完全に姿を消してしまったのだ。 番組は、ペレリマン博士以前に、ポアンカレ予想を解明しようとした数学者たちの足跡もたどりつつ、いかにこの問題が多くの数学者の人生を狂わせてきたかを伝えている。特に印象的だったのは、ギリシア出身のパパキリア・コプーロス博士(通称パパ)とアメリカ人のウルフガング・ハーケン博士という二人のライバル数学者それぞれのたどった対照的な人生である。前者は人とのつきあいはいっさい避け、生活のすべてをポアンカレ予想の証明に費やした。婚約者を置いて、研究のためアメリカに渡ったという彼は、ポアンカレ予想を解いたら、故郷に帰って結婚したいと語っていた。しかし、彼は証明を見つけることなく癌でこの世を去る。彼のかつての同僚は次のように語る。 「パパはよく言いました。自分の人生はこれでよかったのだと。数学者は常に日常の生活と数学の世界とを行き来しています。数学の世界には永遠の真理があり、それを理解できる者だけに、完璧な美しさを見せてくれます。まるで迷宮に迷い込んでしまったかのように、数学者はそれに思わずとりつかれてしまうのです。」 一方のハーケン博士は、同様にポアンカレ予想を証明することに半生を傾けながら、それを成し遂げえなかったものの、その人生はずっと穏やかで幸せなものだった。妻や孫に囲まれながら博士はこう述べる。 「私の家族は、私のことをポアンカレ病患者と呼びました。今、お父さんはポアンカレ病にかかっているから、話もできない、というふうに。それがよかったのです。家族がそうやって茶化さなければ、私はますます追い込まれていたでしょう。家族がお父さんの研究は人類史上とても重要なことなんだ、などと言っていたら、最悪だったにちがいありません。家族は、本気で私を日常の世界へと引き戻してくれたのです。」 さて、最終的にポアンカレ予想を解いたペレリマン博士だが、彼は26歳のときにアメリカに移り、しばらくしてこの問題に関わるようになった。以後、人とのつきあいを絶って、研究に没頭する。数年後、彼はインターネットを通じてポアンカレ予想の証明を発表し、世界を驚愕させた。しかし彼は、おそらくは想像を絶するような孤独で苦しい研究のなかで、まったく人柄が変わってしまった。 彼のことをよく笑う明るい青年だったと述懐するのは、高校時代の恩師、アレクサンドル=アブラモフ氏である。 現在サンクト・ペテルブルグで隠者のような生活を送り、たまに浮浪者のようなかっこうで町を歩くペレリマンのことを、ロシアのテレビ番組がとらえて、こう揶揄する。「30ルーブルでさえ今のペレリマンには大金です。賞金100万ドルを拒否しなければ豪華な生活が出来たでしょうに」 このような心ない報道に憤りを露わにしながら、アブラモフ氏はペレリマンのことを心配する。そして、明るく快活だったかつての教え子に何が起こったのかを知りたいと、彼の家を訪ねるがなかなか会ってくれない。ようやく電話がつながり、「ガウス(数学者)の書簡集を渡そうと思って来たのだが...」と切り出すが、断られる。そんな彼に、老教師は懇願するように語りかける。 「孤独のままでずっといるわけにはいかないだろう?・・・遅かれ早かれ何かを見つけなければならないだろう?・・・社会のなかで働く必要があるはずだ・・・もし私が書簡集を郵便箱に入れても君はただ捨てるだけかね?・・・もし私が君の心の平静を乱したのなら許して欲しい。」 まるでドストエフスキーの小説にでも出てきそうな実直で思いやりのある恩師のやさしい言葉にも、ペレリマン博士はかたくなに心を閉ざし、電話を切ってしまった。アブラモフ氏は淋しそうに言う。 「彼はまったく別人になってしまいました。彼の生きている世界は、私たちが生きている世界とはもはや違うようです。ポアンカレ予想を証明することは私たちには想像することすらできない恐ろしい試練だったのかもしれません。その試練を彼は一人でくぐりぬけました。しかしその結果、彼は何かを失ってしまったのです。」 数学の真理が喜びがいかに多くの頭脳を魅了し、また多くの人の人生を狂わせたのかが、この番組からはよくわかった。いや、「狂わせた」という言葉が適当かはわからない。真理探求のため結婚を犠牲にしたパパキリア・コプーロスのような人がいれば、探求はあきらめながらも、家族とのささやかな幸せを手に入れたハーケンのような人もいる。前者は、数学に身を捧げた自分の人生に納得をし、後者は家族のおかげで破滅から逃れたと語っている。彼らはそれぞれ自らの人生に答えと自信とをもっている。 ペレリマンも、不断の努力によって追い求めた真理に到達した。その意味では成功者である。しかしその偉業の達成後、彼は自分を取り巻くいっさいの社会的関係を放棄してしまった。いったいなぜ? ひょっとしたら、ペレリマンにとって世俗のいっさいは、自分が体得した数学的真理の魅力に比べたら無なのかもしれない。だから彼は社会との関係を避けるのだろうか?しかし、彼が世俗を超越しているかどうかは疑問である。なぜなら、名誉や人類への貢献といった観念に完全に無関心ならば、おのが証明を世に送り出すこともしなかったはずだから。 それとも真に偉大な研究とは、そのきびしさゆえに、必然的に研究者から人間らしい心を奪ってしまうものなのだろうか? この問いに対する反証となる例を、最近ある本で知った。300年以上ものあいだ誰も解けなかった「フェルマーの最終定理」を証明したアンドリュー・ワイルズ博士である。彼は、10歳の頃からこの問題を解くことを目標とし、着実に努力を重ねながら、結婚もし、その後は研究と家庭生活を両立させた。そして、1994年の妻の誕生日に最終的な証明をやり遂げ、それを彼女へのプレゼントにするというしゃれた真似をしている。このような人にとって、学究と個人的幸福は矛盾するものではなく、互いに補いあうものなのだろう。 数学者だからといって、特別な生き方があるわけではない。それぞれの人間に、それぞれの人生があるだけである。 |
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