今日10月26日は...
2009 / 10 / 26 ( Mon ) ちょうど100年前の今日、伊藤博文が、ハルビンで暗殺された。
幕末は倒幕の志士として、維新後は帝国憲法を制定し初代内閣総理大臣になるなど明治政府の重臣として活躍をした、いわば近代日本の礎をつくった人物である。 彼の命を奪ったのは、安重根という朝鮮人。この純然たるテロリストを韓国では、独立の英雄と呼んでいる。日本の初代内閣総理大臣を殺した人間を讃えるこの無礼な風潮について、日本が国として抗議したことはない。 まあ、かの国がこのような形で国威発揚をするしかないのはわかるとしても、日本人の中にもこの暗殺者を賛美する輩がいる。それも、驚くかな高校の歴史教師にそれが多いのである。 以前世界史を教えていた高校で、社会科の研修会というのが行われていたが、そこで同僚の世界史教師が出した副教材のサンプルには、「安重根はアジアの平和を願いながら死んでいきました。」と書かれてあったのに唖然としたものだ。 その後、それを配った彼に、でも彼は暗殺者ですよね?と尋ねると、日本が悪いことをやったのだから、その報いだ、と涼しい顔をして言われた。 そういう教師が今でも全国の高校にわんさかいて、まだ善悪の判断の定まらない少年少女たちに自国の歴史を恥じ、憎むように教えている。そして、中国や朝鮮に対しては腰を低くしていつでも謝るよう指導している。 「でも、彼らだって悪いことを...」と言いかけると、「バカモノ、日本がどんなひどいことをやってきたのかわかっているのか。まずは自分のことを反省しろ」と筋違いの論理で議論をかわす。 ちょっと話しが逸れたようだ。 今日は国家の恩人、偉大な博文公を偲んでみよう。 朝鮮人にとっても本当は恩人なのだ。なぜなら彼は韓国併合には反対していたのだから。事件によって、独立後の無秩序状態が想像できたから併合をせざるをえなかった...(不思議なことに、北朝鮮の公式見解もこれと同じようだ。この点においては韓国よりも北朝鮮の方が正しい。) まあ、いいか、彼らには彼らの道がある。日本には日本の... だから、今の日本を何とかしなければならない!やはり教育だ。お金を、手当てをあたえれば、それで立派な国民が育つわけではない。祖国を憎む教育、権利ばかりを主張し、義務は無視する、そんな教育のために金が使われるのなら、やがて国は滅びるだろう。(やはり同じところに行き着いてしまうようだ。) 伊藤博文の数多くの業績中、彼の洋行歴について注目したい。明治の要人中最も多い3回である。(数字等はウイキペディアより) 第一回 文久3年(1863年)幕末、長州が独自に送り出した5人の留学生の一人としてイギリスに渡航。留学中にイギリスと日本との、国力の差を目にして開国派に転ずる。2年以上に及ぶ長期間の視察で、伊藤だけでなく107人すべてが欧米の制度・文物を吸収しまくる。 第二回 明治4〜6年(1871〜1873年)アメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国に派遣された岩倉具視使節団(総勢107人)の副使として。 第三回 明治23年(1890年) 憲法制定にあたって先進国の政治制度や憲法を手本にしようとヨーロッパへ視察。結果、日本と同様、君主をいだき新興の独立国であるプロイセンの憲法を手本にすることとなる。 これらのどれもが、日本の近代の歴史にとって重要な意味を持つ渡航であった。どんな観光も留学も無駄にしなかった伊藤公、そして明治人の偉大さに献杯 ![]() |
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