洋楽の翻訳(78)-Where Have All the Flowers Gone?
2009 / 11 / 24 ( Tue )

 この日記でも何度か紹介したことがあるが、毎年11月に開かれる山中湖音楽村に今年も参加した。ミュージシャンの小室等さんを中心として30年以上も続く、バーベキューあり、コンサートあり、飲み会ありの楽しい合宿である。
 今回小室さんは、今年亡くなった2人のミュージシャンの思い出を語られた。加藤和彦氏の死を前向きに受け止めようという話も胸にしみたが、PPMのマリーさんを偲んで、「花はどこにいった」をみんなで合唱したのもよかった。その際、小室さんのリードで歌を口ずさみながら、私は、花で始まるこの曲が、めぐりめぐって最後にまたもとの花に戻ることに気づき、それを小室さんに尋ねたら、「何だ、知らなかったの?」と驚かれ、「これはもともと『静かなドン』という小説の中にあった詩なんだけど、ピート・シーガーが、それに手を加えて、最後に再び花に戻るというかたちの詩にしたんだよ」と説明してくださった。(へぇ×20←古[m:78])
 小室さんは私のような者が話しかけるのも畏れ多いお方だが、そんな私の愚問にも優しく答えてくださった。今回は、そんな尊敬すべき素晴らしいミュージシャン小室等さんに感謝しつつ、またその親友でもあったというマリー・トラバースさんを偲びつつ、”Where Have All the Flowers Gone?”を訳してみた。
 いつも日記をご覧いただいている方々はもうご存知のように、私は反戦平和運動というものに対しては、常に一定の距離を置いている。それゆえ、典型的な反戦歌であるこの歌にこめられた思想も手放しで賞賛するつもりはない。ただ、上にも書いたように、花と人々の円環をモチーフにした歌詞はおもしろいと思う。
 花はどこへいった。花は女たちによって摘まれた。女たちは、男のもとへと行き、男たちは戦場に向かった。戦場で男たちは死に、墓場へと運ばれた。墓場には花が添えられた。その花はふたたび女たちに摘まれ...同じことを繰り返しながら、何も学んでいない人間たちである。
 作者の意図に反したことであることは承知のうえで、私としてはこの詩を、戦争ばかりしている愚かな人間への風刺というよりも、輪廻転生のような、東洋的な無常観をもった歌ととらえたい。
 歌詞の思想性・政治性とは無関係に、この曲は素朴で親しみやすいメロディーゆえに、多くの国の多くの人々に愛された名曲となっている。日本語を始めとするさまざまな言語でも歌われている。おもしろいところでは、あのマリーネ・ディートリッヒがドイツ語で歌っている。


(訳詞)
花はどこにいった

花はどこにいった
ずっとむかし
花はどこにいった
ずっと前
花はどこにいった
若い女たちがひとつのこらず摘んでいったよ
ああ、みんないつになったら気づくのだろう
ああ、みんないつになったら...

少女たちはどこにいった
ずっとむかし
少女はどこにいった
ずっと前
若い女たちはどこにいった
一人のこらず夫のもとへといったよ
ああ、みんないつになったら気づくのだろう
ああ、みんないつになったら...

夫たちはどこにいった
ずっとむかし
夫たちはどこにいった
ずっと前
夫たちはどこにいった
一人のこらず兵隊にいったよ
ああ、みんないつになったら気づくのだろう
ああ、みんないつになったら...

兵士たちはどこにいった
ずっとむかし
兵士たちはどこにいった
ずっと前
兵士たちはどこにいった
一人のこらず墓地にいったよ
ああ、みんないつになったら気づくのだろう
ああ、みんないつになったら...

墓地はどこにいった
ずっとむかし
墓地はどこにいった
ずっと前
墓地はどこに行った
どれものこらず花のもとにいったよ
ああ、みんないつになったら気づくのだろう
ああ、みんないつになったら...

花はどこにいった
ずっとむかし
花はどこにいった
ずっと前
花はどこにいった
若い女たちがひとつのこらず摘んでいったよ
ああ、みんないつになったら気づくのだろう
ああ、みんないつになったら...

(原詞)
Where Have All the Flowers Gone?

Where have all the flowers gone?
Long time passing
Where have all the flowers gone?
Long time ago
Where have all the flowers gone?
Young girls have picked them every one
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the young girls gone?
Long time passing
Where have all the young girls gone?
Long time ago
Where have all the young girls gone?
Gone for husbands every one
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the young men gone?
Long time passing
Where have all the young men gone?
Long time ago
Where have all the young men gone?
Gone for soldiers every one
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the soldiers gone?
Long time passing
Where have all the soldiers gone?
Long time ago
Where have all the soldiers gone?
Gone to graveyards every one
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the graveyards gone?
Long time passing
Where have all the graveyards gone?
Long time ago
Where have all the graveyards gone?
Gone to flowers every one
When will they ever learn?
When will they ever learn?

Where have all the flowers gone?
Long time passing
Where have all the flowers gone?
Long time ago
Where have all the flowers gone?
Young girls have picked them every one
When will they ever learn?
When will they ever learn?
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バラクに対する見方を変えた日
2009 / 11 / 17 ( Tue )
■オバマ大統領の両陛下への「お辞儀」、米で波紋
(読売新聞 - 11月16日 11:12より)


 他国の元首に対して深々と頭を下げることが大統領の威厳にどういう影響をあたえるのかはわからない。アメリカ国民には彼らなりの価値観や考え方があるのだろう。
 ただ、自分は天皇皇后両陛下にこれほどの敬意を表してくれた大統領に対して、胸に熱いものがこみ上げてくる気がした。
 数日前の在位20周年記念式典において、国民自身による不敬を目撃した後だっただけになおさらそれを強く感じたと言ってもいいだろう。ご高齢の両陛下を夜の寒空の下、お立ち続けさせ、どう考えても陛下のお好みとは思えないダンスと音楽を、長時間その姿勢のままご覧にいれたあの思いやりのなさに憤りを感じたのは、私だけではないだろう。
 そんな折だけに、背の高いオバマ大統領が相手よりも低い位置に自分の頭を持っていきお辞儀をしたことは、外国人なのに、なんと礼儀をわきまえた人だろうと素直にうれしく思った。
 日本の首相に対してそのような態度をとったとしたら、卑屈と侮られても仕方がないだろう。しかし、国民統合の象徴である天皇陛下に対して、深々と頭を下げたことは、日本国民に対する純粋なる尊敬の表れとして素直に受け止めたい。わが国の首相は、この大切な来客が最も懸案としている問題をのらりくらりとかわしただけでなく、彼の滞在期間中に国を留守をするという無礼を平気で働く輩である。にもかかわらず、否、だからこそなのかもしれないが、陛下に対してあれほどの敬意を表してくれた。

 習慣を異にする外国の元首の行動はまた、われわれ自身が忘れた日本人の美徳もさりげなく伝えてくれたような気がする。
 四国にいた祖母が元気だった頃、地元に美智子様(皇太子妃時)がいらっしゃった。そのとき、お迎えの群集に混じり沿道に出ていた祖母に、なんと美智子様は近寄り、祖母の手を握って声をかけてくださった。そのときの写真は、地元の新聞にも載ったので、私もよく覚えている。いつもは小うるさい祖母もそのときはただただ恐縮をして、ろくに顔も上げられない様子で見ていておかしい写真であった。
 今の国民に、このような心情を理解しろと言ってもとうてい無理だろう。かくいう私も、畏まるほどの敬意というものを皇室に対してもっているかどうかは自信がない。(私自身も戦後教育の一つの結果なのだから...)
 けれども、たとえば被災地などを陛下がお見舞いされたときに、まともに目を見て陛下に「口をきいている」人たちを見ると、もう少し腰を低くできないものかと思ってしまう。中には毛布にくるまったまま陛下を迎える者もいて、もってのほかだ!と思ってしまう。災害者はそんな心の余裕もないから仕方がないと言い返されるかもしれない。しかし、心の余裕を奪ったのは、災害ではなく、むしろ戦後の平和ではないかというのが私の意見だ。
 オバマ大統領の天皇陛下への深々としたお辞儀は、日本人自身の皇室に対する態度、考え方を反省するいい機会になると思う。もう一度言う。習慣や考え方の違う外国の元首が平均的日本人がもはややらなくなったことをやってくれた。これは大きなことではないか。


(記事本文)
【ワシントン=本間圭一】オバマ米大統領が14日に皇居・御所を訪問した際に天皇、皇后両陛下に対し行った「深々としたお辞儀」が米国内で波紋を呼んでいる。

 保守系メディアは米大統領の外交儀典上、不適切だと批判し、大統領の際立った低姿勢ぶりに疑問を投げかけている。

 FOXテレビは15日、オバマ大統領のお辞儀の場面と、2年前に当時のチェイニー副大統領が天皇陛下との面会で頭を下げずに握手する映像を比較。その上で、オバマ氏の今回の行動は「大統領として適切ではない」などと批判した。また、ロサンゼルス・タイムズ紙のウェブサイトは、今回の皇居訪問の際の写真と、オバマ大統領が4月にロンドンでの国際会議で会ったサウジアラビアのアブドラ国王に深く頭を下げたように見える写真を掲載して、「新しい米国大統領は、世界の王室にどこまで低姿勢で行くのか」と皮肉った。
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今朝のニュースより
2009 / 11 / 10 ( Tue )
ベルリンの壁崩壊から20年。
 今朝のNHKニュースで、2組の旧東ドイツ出身の家族にスポットを当て、20年のあいだに彼らの暮らしがどう変わったかをレポートしていた。
 最初は、20年前の壁崩壊の場面に居合わせた若いカップルの現在。すでに子供も大きい中年夫婦の生活は苦しそうだ。現在ビルの管理人をしている主人の方は、今まで何度職を変えたかわからないという。
 もう一人は、一日10時間以上、それもヨーロッパ各地を走り回るトラック運転手。最近胸の痛みを感じている彼は病院に行き、入院が必要と診断される。しかし、会社は長期間の休まれるのは困ると、入院を認めない。
 「東ドイツだったら、すぐに休みをとらせてくれたのに」とぼやきながら、車の中で苦しそうに横になる彼...

 世の中にはいろいろな人がいる。幸せな人、不幸せな人。いや、そのときどきによって人間は幸せであったり不幸であったりもする。現在不幸な人を見つけて、そういう人の生活をクローズアップするのは、マスコミ、特にNHKの好きそうなことであるが、なぜ旧東ドイツが社会主義から自由主義の道を歩みだした歴史的瞬間から20年という節目に、こういう報道ばかりをするのだろう?
 旧東ドイツの人々にとって、20年前、精神・行動の自由もなく、生活物資もろくに手に入らない生活から解放されたことは、それだけで大きな喜びであった。西ドイツから東ドイツに逃げ込む人間が皆無であったのに対して、東からは自由と平等を求め数多くの人が命がけの逃避行をし、多くの者が失敗して命を落とした。
 ベルリンの壁崩壊とそれに続く東西ドイツの統合により、旧東ドイツでは貧困と不自由に悩む人の数は圧倒的に減ったはずである。東ドイツ時代の方が幸せだった人の方が多いという証拠があるならまだしも、そうでないのなら、統合により大多数の国民が貧しく不幸になったような印象を与える報道は慎むべきである。
 世の中にはまだこんなにも不幸な人がいるということをわかってもらうためと、彼らは弁明するかもしれない。しかし、画面から伝わる無言のメッセージは、「ドイツ統合は国民を不幸にした。自由主義、資本主義はやはり国民をしあわせにはできないのだ」と聞こえる。視聴者も、無意識にそう受け止め、統合が間違いだったという印象をもったにちがいない。
 こんなムードに追い討ちをかけるように現れるのが、福祉、人権などの美辞麗句。「みんな仲間なんだから助け合おうよ」―親切、友愛をかかげる人々の優しい言葉の裏には、ある思想がうごめく。ヒトラーやスターリン、あるいはF.ローズベルトのような人心掌握の天才を得たときこの思想は大衆の共謀意識に火をつけ、圧倒的な力で彼らを一つの方向に進ませる。
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洋楽の翻訳(77)-I've Just Seen a Face
2009 / 11 / 08 ( Sun )
 “I’ve Just Seen a Face”−ビートルズ5枚目のアルバム「ヘルプ」に入っている、ポールの手になるカントリー風の曲である。邦題は『夢の人』。歌詞中にも、一目ぼれした女のことを夢見ている、というフレーズがあるので、このタイトルはOKだろう。
 アルバムでは名曲イエスタデイの前に挿入されているが、それにもひけをとらない高雅さをもった曲だ。この頃からポールは、上品で洗練されたメロディーメーカーの風格を見せるようになったという気がする。
 初恋の喜びを歌ったような無邪気な歌詞も、いかにもポールらしい。ジョンだったらこういう汚れを知らない歌は作らない、あるいは作れないだろう。
 話はちょっと変わるが、私の尊敬するチャック近藤というビートルズのコピーでは大御所的な人物がいる。ついこのあいだも、ビートルズの全曲を解説、分析した『ビートルズサウンズ大研究』の新装版を発売された。(レビューを書いたので、ご参照を!そして少しでもビートルズに興味のある人は買ってあげてね。)とても気さくな彼は、客の飛び入りOKのセッションをよくされている。9月にそういうイベントがあって、私は千葉まで行き、共演させていただく栄誉をえた。
 そんな参加者の一人に、ずいぶんきれいな女性がいて、彼女が歌ったのがこの曲だった。まさに、”I’ve just seen a face…”と思いながら、その姿をポケーっと眺めていた。
 今回は、その女性を思い出しながら訳してみた...

I've Just Seen a Face

(訳詞)
顔を見てしまった

僕は顔を見てしまった
二人が出会ったその時その場所を忘れやしない
彼女こそ運命の人
僕らが今出会ったということを世界に知らせたい

あれが他の日だったら
僕はよそ見をして
彼女の存在に気づかなかったかもしれない
だけどこうなった以上、今夜は彼女のことを夢見ている

落ちている、そう僕は恋に落ちている
そして彼女は今も僕を呼び戻している

こんなのは初めてだ
僕はずっとひとりぼっちだった
物事をすっとばし、何も見ようとしなかった
だって他の子は彼女とは全然ちがったし

落ちている、そう僕は恋に落ちている
そして彼女は今も僕を呼び戻している

(原詞)
I've Just Seen a Face

I've just seen a face
I can't forget the time or place where we'd just met
She's just the girl for me
And I want all the world to see we've met
Na na na na na na

Had it been another day
I might have looked the other way
And might have never been aware
But as it is I dream of her tonight
Na na na na na na

Falling, yes I am falling
And she keeps calling me back again

I have never known the likes of this
I've been alone and I have
Missed things and kept out of sight
For other girls were never quite like this
Na na na na na na

Falling, yes I am falling
And she keeps calling me back again
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求道者の孤独
2009 / 11 / 03 ( Tue )
2007年に放映され今春再放送されたNHKスペシャル『100年の難問はなぜ解けたのか〜天才数学者 失踪の謎〜』という番組がある。これは、100年ものあいだ数学上の大問題とされてきた「ポアンカレ予想」を証明したロシア人数学者と、この問題に取り組んだ数学者たちのさまざまな人生模様を描いたドキュメンタリーである。
 ポアンカレ予想とは、1904年に数学者アンリ・ポアンカレによって提示された「単連結な三次元閉多様体は三次元球面と同相と言える」という命題である。
 素人にはチンプンカンプンなこの命題について、番組では次のように要約していた。長い長いロープの先端をロケットにつけて、宇宙空間に向かって飛ばす。やがてロケットが宇宙を一回りして地球に戻ってくる。その戻ってきたロープを引っ張り、最終的にすべてのロープが手元に戻ってきた場合、宇宙はおおむね丸いといえるだろう。しかし、ロープがどこかにひっかかって、すべてを回収できない場合、宇宙には何か穴のようなものがあると言える。
 今世紀に入ってから、世界中の数学者を悩ませてきたこの世紀の難問をあるロシア人の数学者が証明した。彼の名はグリゴリ・ペレリマン博士。さて、この功績に対して2006年、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞が授与されようとしたが、なんと彼はそれを辞退したのである。そればかりか、それ以降彼は数学界から完全に姿を消してしまったのだ。
 番組は、ペレリマン博士以前に、ポアンカレ予想を解明しようとした数学者たちの足跡もたどりつつ、いかにこの問題が多くの数学者の人生を狂わせてきたかを伝えている。特に印象的だったのは、ギリシア出身のパパキリア・コプーロス博士(通称パパ)とアメリカ人のウルフガング・ハーケン博士という二人のライバル数学者それぞれのたどった対照的な人生である。前者は人とのつきあいはいっさい避け、生活のすべてをポアンカレ予想の証明に費やした。婚約者を置いて、研究のためアメリカに渡ったという彼は、ポアンカレ予想を解いたら、故郷に帰って結婚したいと語っていた。しかし、彼は証明を見つけることなく癌でこの世を去る。彼のかつての同僚は次のように語る。
「パパはよく言いました。自分の人生はこれでよかったのだと。数学者は常に日常の生活と数学の世界とを行き来しています。数学の世界には永遠の真理があり、それを理解できる者だけに、完璧な美しさを見せてくれます。まるで迷宮に迷い込んでしまったかのように、数学者はそれに思わずとりつかれてしまうのです。」
 一方のハーケン博士は、同様にポアンカレ予想を証明することに半生を傾けながら、それを成し遂げえなかったものの、その人生はずっと穏やかで幸せなものだった。妻や孫に囲まれながら博士はこう述べる。
「私の家族は、私のことをポアンカレ病患者と呼びました。今、お父さんはポアンカレ病にかかっているから、話もできない、というふうに。それがよかったのです。家族がそうやって茶化さなければ、私はますます追い込まれていたでしょう。家族がお父さんの研究は人類史上とても重要なことなんだ、などと言っていたら、最悪だったにちがいありません。家族は、本気で私を日常の世界へと引き戻してくれたのです。」
 さて、最終的にポアンカレ予想を解いたペレリマン博士だが、彼は26歳のときにアメリカに移り、しばらくしてこの問題に関わるようになった。以後、人とのつきあいを絶って、研究に没頭する。数年後、彼はインターネットを通じてポアンカレ予想の証明を発表し、世界を驚愕させた。しかし彼は、おそらくは想像を絶するような孤独で苦しい研究のなかで、まったく人柄が変わってしまった。
 彼のことをよく笑う明るい青年だったと述懐するのは、高校時代の恩師、アレクサンドル=アブラモフ氏である。
 現在サンクト・ペテルブルグで隠者のような生活を送り、たまに浮浪者のようなかっこうで町を歩くペレリマンのことを、ロシアのテレビ番組がとらえて、こう揶揄する。「30ルーブルでさえ今のペレリマンには大金です。賞金100万ドルを拒否しなければ豪華な生活が出来たでしょうに」
 このような心ない報道に憤りを露わにしながら、アブラモフ氏はペレリマンのことを心配する。そして、明るく快活だったかつての教え子に何が起こったのかを知りたいと、彼の家を訪ねるがなかなか会ってくれない。ようやく電話がつながり、「ガウス(数学者)の書簡集を渡そうと思って来たのだが...」と切り出すが、断られる。そんな彼に、老教師は懇願するように語りかける。
「孤独のままでずっといるわけにはいかないだろう?・・・遅かれ早かれ何かを見つけなければならないだろう?・・・社会のなかで働く必要があるはずだ・・・もし私が書簡集を郵便箱に入れても君はただ捨てるだけかね?・・・もし私が君の心の平静を乱したのなら許して欲しい。」
 まるでドストエフスキーの小説にでも出てきそうな実直で思いやりのある恩師のやさしい言葉にも、ペレリマン博士はかたくなに心を閉ざし、電話を切ってしまった。アブラモフ氏は淋しそうに言う。
「彼はまったく別人になってしまいました。彼の生きている世界は、私たちが生きている世界とはもはや違うようです。ポアンカレ予想を証明することは私たちには想像することすらできない恐ろしい試練だったのかもしれません。その試練を彼は一人でくぐりぬけました。しかしその結果、彼は何かを失ってしまったのです。」

 数学の真理が喜びがいかに多くの頭脳を魅了し、また多くの人の人生を狂わせたのかが、この番組からはよくわかった。いや、「狂わせた」という言葉が適当かはわからない。真理探求のため結婚を犠牲にしたパパキリア・コプーロスのような人がいれば、探求はあきらめながらも、家族とのささやかな幸せを手に入れたハーケンのような人もいる。前者は、数学に身を捧げた自分の人生に納得をし、後者は家族のおかげで破滅から逃れたと語っている。彼らはそれぞれ自らの人生に答えと自信とをもっている。
 ペレリマンも、不断の努力によって追い求めた真理に到達した。その意味では成功者である。しかしその偉業の達成後、彼は自分を取り巻くいっさいの社会的関係を放棄してしまった。いったいなぜ?
 ひょっとしたら、ペレリマンにとって世俗のいっさいは、自分が体得した数学的真理の魅力に比べたら無なのかもしれない。だから彼は社会との関係を避けるのだろうか?しかし、彼が世俗を超越しているかどうかは疑問である。なぜなら、名誉や人類への貢献といった観念に完全に無関心ならば、おのが証明を世に送り出すこともしなかったはずだから。
 それとも真に偉大な研究とは、そのきびしさゆえに、必然的に研究者から人間らしい心を奪ってしまうものなのだろうか?
 この問いに対する反証となる例を、最近ある本で知った。300年以上ものあいだ誰も解けなかった「フェルマーの最終定理」を証明したアンドリュー・ワイルズ博士である。彼は、10歳の頃からこの問題を解くことを目標とし、着実に努力を重ねながら、結婚もし、その後は研究と家庭生活を両立させた。そして、1994年の妻の誕生日に最終的な証明をやり遂げ、それを彼女へのプレゼントにするというしゃれた真似をしている。このような人にとって、学究と個人的幸福は矛盾するものではなく、互いに補いあうものなのだろう。
 数学者だからといって、特別な生き方があるわけではない。それぞれの人間に、それぞれの人生があるだけである。
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